

シャンソンの女王として、今も語り継がれる歌姫ピアフの生涯を描く『エディット・ピアフ 愛の賛歌』。1963年、47歳でその生涯を閉じた際、彼女の葬儀のためにパリ中から人々が押し寄せ、パリの交通が麻痺。これは第二次世界大戦以降、初めてのことでした。それほどに人に愛され、名声を得たピアフ。しかし、本作を語ろうとするとき、頭をよぎるのは“孤独”です。
世界に知られた歌姫ピアフですが、日本では彼女の名を聞いても首を傾げるだけの人も増えているでしょう。が、例えば次に挙げるアーティストについてなら、知っているはず。越路吹雪、美空ひばり、加藤登紀子、美輪明宏、中島みゆき、桑田佳祐、椎名林檎、SOPHIA。世代もジャンルもバラバラですが、 ここに挙げたアーティストたちは、みな、彼女の歌を継いだ経験を持つのです。特に、越路吹雪が歌い、本作の副題にもなっている「愛の賛歌」は、必ずやどこかで耳にしたことがあるだろう名曲です。
1915年、第一次世界大戦中にパリで生まれたピアフは、歌手を目指し路上で歌っていた母に、やがて捨てられます。父方の祖母が営む娼館に引き取られ、娼婦たちに自らの子のように可愛がられますが、3歳のときに視力を失います。が、教会で聖テレーズに祈った後、奇跡が起こり、視力を回復。ほどなく大道芸人の父とふたりで各地を転々とするようになり、歌うことを覚えます。 路上で歌っているところをスカウトされ、名門キャバレーでデビューするも、オーナーが死亡。一時は殺害の容疑者に。しかしやがてステージに復活。運命の相手マルセルと出会います。でも、彼は妻子ある人でした。さらにふたりの愛には決定的な別れが訪れ…。 事実は小説より奇なり、と言いますが、ピアフの生涯のような小説を書いたら、リアリティーがない!とダメだしされるに違いありません。
途中まで並べただけでも、想像を絶する生涯です。それでも本作は、ひとりの女性が苦しみながらも歌に愛に懸命に生き続けた物語として、不思議なほど、わたしたちの胸を強く捉え、共感させます。通常の伝記とは違い、物語は時代を自由に交錯。80歳の老婆のようになってしまった47歳のピアフに、幼少から始まり、やがて名声を得ていく若きピアフの姿を行き来させながらの語り口は、死の間際の走馬燈のようで、強烈な運命を辿ったピアフの心に、無意識の内に入り込ませるのです。
そして彼女の“生”を共に旅することで、深く重く刻みつけられるのが、彼女の“孤独”。それは、母に捨てられた幼少時代から彼女が抱えていた人生のパートナーなのかもしれません。が、彼女には“孤独”とともに、“歌”が与えられていました。ピアフを歌唱力だけで判断すれば、世界中で語り継がれるほど飛び抜けた天才だとは言い切れません。が、生身の“私そのもの”が歌と一体になっている彼女が、スペシャルなのは確か。皮肉なことに、抱える“孤独”が見えるからこそ、彼女の歌は人々に愛され続けているのでしょう。
成功後のピアフは、周囲をイエスマンで固め、一瞬の静けさも許さないといった具合に喋り続けます。いつも慌ただしくしていたピアフですが、編み物という意外な趣味も持っていました。海辺でひとり編み物をするピアフ。彼女は、孤独を恐れるあまり、思い出や記憶についても目を閉ざし、とにかく今が大切なのよ!と強がって生きたように思えます。終盤、彼女が「これこそが私の歌」と言い切る歌が登場します。内容は“わたしは後悔していない。過去など忘れた”といったもの。力強い歌です。しかし、海辺で静かに座る彼女の小さな背中には、思い出をひと針ひと針、大切に編み込みながら、忘れられたくないと同時に、喜びだけでなく、悲しみや苦しみも、すべてを忘れないという意志が感じられます。ドラマを感じさせる歌は当然のこと、ひとりの女性としての姿に心を鷲掴みにされること必至の愛の賛歌。主演のマリオン・コティヤールの熱演で、そこにピアフがいるかのような素晴らしさですよ。